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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)10439号 判決

原告 高島聖明

被告 東繊商事株式会社

主文

被告会社は原告に対し金二十三万円及びこれに対し昭和二十九年十一月二十五日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告会社の負担とする。

本判決は原告において金三万円を供託するときは第一項に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決竝びに仮執行の宣言を求め、その請求原因として、次のとおり陳述した。

一、被告会社は東京繊維商品取引所において綿糸等を売買取引する商品仲買人である。

二、原告は昭和二十七年一月末被告会社代表取締役宮沢平次郎との間に、原告は被告会社の常任顧問格として毎日被告会社に出勤し、顧客の勧誘をなす等一般業務の援助をなすことなどを内容とする労務に服し、被告会社はこれに対する報酬として毎月金三万円を支払うことを約した。

三、原告は右の約旨に従い同年二月一日より昭和二十八年八月迄右の労務に服したのであるが、被告会社は昭和二十七年九月分迄の報酬を支払つたのみでその後は支払いをしない。

四、よつて右未払分合計三十三万円及びこれに対する昭和二十九年十一月二十五日以降右完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

次いで被告会社の主張に対し、原告が顧客勧誘の際被告会社主張のように三割の玉割を受領していたことは認めるけれども被告会社主張の慣習の存することは不知であり、また、原告が被告会社より受取つた金員について所得税の源泉控除のなされていないことは認めるけれども、原告は前記報酬を言わば機密費の形式で被告会社代表取締役より直接受領していたから右のような措置がとられなかつたのであつて、右の金員が原告の労務に対する対価であることには変りがない。(立証省略)

被告会社訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、請求原因一の事実は認めるが、その余の事実は全部争うと述べ、次のとおり反駁主張した。

被告会社代表者宮沢は原告と原告主張のような約束をした事実はない。ただ、原告は被告会社のために顧客を勧誘し、被告会社はこれに対して、その顧客より受領すべき委託売買手数料の三割に相当する金額を手数料割戻し(玉割り)として、また、五分に相当する金額を謝礼として支払うことを約束したことはあるけれども、このことによつて原告と被告会社との間に雇傭契約は成立したことにはならない。尤も、顧客勧誘者が繊維商品仲買人の被傭者である場合もあるが、この場合は玉割は二割であつて、被傭者でない場合は三割であることが慣習である。原告の場合もその慣習に従つたのであつて、原告が被告会社のために顧客を勧誘し被告会社が原告に対し金員を支払つたのも前記約束の実行にほかならない。したがつて被告会社は原告に対し右の約旨以外に給料としての報酬の支払をなすべき義務はない。それ故被告会社は原告に支払つた金員については、すべて所得税の源泉控除をしていないのである。(立証省略)

理由

被告会社が東京繊維商品取引所において綿糸等を売買取引する商品仲買人であることは当事者間に争いがない。

そして証人水永哲浩、同長谷川政子の各証言原告本人尋問の結果と右原告本人尋問の結果により成立の認められる甲第二号証の一、二に前記争いのない事実竝びに弁論の全趣旨を綜合すると、原告は昭和二十七年一月頃水永哲浩の紹介により、被告会社代表者宮沢平次郎との間に、原告は被告会社に毎日出勤し被告会社のために資金繰り及び顧客の勧誘をなすなどの労務を提供し被告会社は原告を言わば顧問として待遇し、右の労務に対する対価として毎月三万円を支払う約束が成立し、同年二月一日より原告は右の約旨に従つて労務に服した事実を認めることができる。被告会社はこの点に関し、原告は被告会社の被傭者ではなく、繊維商品仲買人に対する顧客勧誘に過ぎず、慣習に従つて三割の玉割りを支払つていたのであると主張するけれども、被告会社代表者宮沢の自陳するとおり、被告会社は右の玉割りのほかに三万円宛数回支払つているのであるから単なる顧客勧誘者であるとの被告会社主張は採用できない。尤も、宮沢平次郎尋問の結果により成立の認められる乙第一号証の一乃至二十二によれば被告会社の給与台帖たる給与明細書によれば原告に対する支出の記載がないことが認められ、また、他の従業員と異なり右の三万円に対してはいずれも所得税の源泉控除のなされていないことは原告も争わないところであるけれども、弁論の全趣旨によつて右の各三万円はいずれも他の従業員と異なり宮沢社長より直接原告に対して手交されていることが認められ、また給料として支払いがなされていながら所得税の源泉控除のなされていないことは世上稀有のことではないから、これらのことの故に前記の認定を左右することにはならない。ところで宮沢平次郎はさらにこの点について右の各三万円はいずれも社長宮沢が謝礼金として自己のポケツトマネーより支出したものであると供述しているけれども前記のとおりいずれも同額であり、かつ原告の仕事の内容ならびに出勤の状況が前認定のとおりである事実と対比して考えると社長宮沢の謝礼金であるとの右の供述は措信し難く、他に被告会社の主張を維持するに足る証拠はない。

しかして原告が昭和二十七年二月一日以降昭和二十八年八月末まで被告会社のために前記の約旨に従つた労務の給付をなしたことは証人戸田小太郎の証言並びに原告本人尋問の結果によつて認められ、被告会社が昭和二十七年十月分以降昭和二十八年八月分までの右の労務に対する対価として給料の支払をなしたことについては被告会社の主張立証しないところであるから、被告会社は原告に対し右の給料として合計三十三万円を支払うべき義務があると言わねばならない。そして被告会社は昭和二十八年九月一日以降右の全額について履行を遅滞しているわけであるから、これに対し民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。

してみれば右の範囲内において原告が金三十三万円及びこれに対する昭和二十九年十一月二十五日以降年五分の割合による金員の支払を求める本訴請求は正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担竝びに仮執行の宣言につき民事訴訟法第八十九条第百九十六条により主文のとおり判決する。

(裁判官 綿引末男)

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